「毛利家」

戦国の有力大名として中国地方に覇を唱えた家系。
毛利元就とその息子達の知謀によって、
並み居る強豪を退け中国の覇者となる。
後に天下人・豊臣秀吉と懇意な家柄として、
元就の嫡孫・輝元が五大老の三席に収まった。

毛利輝元(1553~1625)

元就の嫡孫。
早世した毛利隆元(元就の嫡男)の嫡子である。
偉大すぎる祖父。
有能すぎる叔父たち。
この3人と比較され、
「覇者の器ではない」とあげつらわれるのも致し方なし。
御人好しな性格が災いし、
関ヶ原では西軍の総大将に祭り上げられる。
御存知のように、西軍は敗北。
120万石の大身代が37万石に減封された。

吉川元春(1530~1586)

元就の次男。
家中随一の勇将で、
『毛利の両川』の左翼として活躍した。
19歳で山陰の名族・吉川家の養子となり、
お家乗っ取りを果たして家督を相続する。
戦場では無敗を誇り、その戦績は76戦64勝12分け。
文武に秀で、厳冬に開花する梅に例えられた。
ちなみに秀吉が大嫌いだったとか。



小早川隆景(1533~1597)

元就の三男。
父の資質を最も良く受け継いだ智将で、
『毛利の両川』の右翼として活躍した。
11歳で瀬戸内水軍を擁する小早川家の養子となり、
17歳で本家を相続する。
武将としての資質。
政略家としての手腕。
それらの多くを父・元就から受け継ぎ、
うららかな春の楊柳に例えられた。
文禄の役でも勇戦し、
その武名を海外にまで轟かせた。

村上武吉(1533~1604)

能島村上水軍の長。
厳島の合戦以来、毛利家の傘下に入る。
隆景に属して毛利水軍の中核をなした。
織田水軍300隻を打ち破り、
村上水軍の名を天下に轟かせた。

安国寺恵瓊(1539~1600)

毛利家の外交僧。
本能寺の変と秀吉の天下を予言した「怪僧」である。
関ヶ原では西軍首謀者の一人として暗躍。
毛利輝元を総大将として担ぎ出す。
戦後、石田光成・小西行長と共に斬首された。


お銀氏提供

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